早速オートバックスに行ってきました。正直行き着けるのかどうか怖かった。PCで地図を出し何べんも読みました。無事行き着いて、車のエアコンの吹き出し口に取り付けてもらいましたマグネット式で¥1.600くらいだった。帰りはもうこわごわ。でも、何と市民病院に一発で到着できました。自信ついた。
何とBGMまで流してくれるんですよ。spotifyから、「藤井風」と言うだけで、ちゃんと音楽がかかる。マイクのマークをポチっと押してなんか言っても、たいていは「理解できませんでした」と言われ、頼りなかったのですが、途中から行先を変えたくなって「早島TSに行ってください」というとルートを変えてくれる。これがうれしい。まあこんなもんでしょう。うれしくなってしまいました。いつか秋になったら独身の頃よく通っていた海に行ってみたいなぁ。帰り道に寄ったオシャレなカフェはまだあるかしらん?

私は若い頃、スキーウィンドサーフィンをしていました。本当に元気だったのです。運転が苦手になったのは、4年前派手に事故ったからです。すっかりトラウマになってしまいました。

何とか2週間たった。

毎朝5時起きで朝食づくり洗濯、(干そうにも竹が1本あるだけだった)押入れのものを引っ張り出しては少しづつ片付け。あと大変なのは夕食の買い出しと夕食づくりだけになりました。洗い物はとにかく水が冷たくてつらかった。掃除は一通り。これ以上掃除のし甲斐のない家だったのです。さっそく次の行動です。

それは家を探すことです。家庭用冷蔵庫も食器棚も置けない家に長く2人で住めるわけがありません。湯沸かし器すら付けられないのです。知った人が一人もいない土地で、私は毎日不動産屋巡りをしました。
そして周りに空き部屋らしきものがないか、広く歩いてみました。毎日5~6㎞は歩いたでしょうか。
それに対しても元夫は「線路の海側はいけん。山側じゃないと帰った気がしない。」とわがままを言います。山側はすでに町でぎっしり詰まっている。海側に新しいアパートがちらほらあるだけなのに。
めげずに歩き続けました。そうしたらある日不動産屋の一つから電話が入り、今住んでるところから徒歩で10分ほどのところに新築アパートが見つかりました。間取りはあまりよくないけれど、設備面はOK。やっと新居が決まりました

気分が悪かったのは大家さんと話し合い兼契約をした時でした。私がこれだけ一生懸命捜し歩いて見つけたのに、そのことを無視するかのように、大家さんと話をするのは元夫一人。まあ支払うのは元夫だし、世帯主も元夫。でもないがしろにされてると感じてだいぶ腹が立った。ともかくも引っ越し。家賃は6万円でした。とりあえず新居に引っ越せたのはうれしかった。

 

 

 

 

 

今日はここまで。

投稿者

bootan

双極性障害を患って30年になります。他、メンタルの不調に悩まされ今日まで生きてきました。60代前半、岡山市在住です。過食嘔吐を繰り返したため、糖尿病も長く患っています。

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