これから書いていくことは、非常に気の重い作業です。
ついつい先延ばしにしていました。
私は結婚によって、精神を病んでしまいました。一生治りませんでした。
これから書くことは、元夫への悪口の羅列に見えるかもしれません。
「なんて嫌な女だ。」と思う方も多いでしょう。
私にも多くの原因があったことは百も承知です。知恵がなかった、勇気がなかった、戦わなかったなど
いろいろあります。なるべくしてなったのかもしれません。
でも今同じ目に合ってる人には勇気を出してもらいたい何とか逃げてもらいたい。その気持ちで書いています。

この日は私が一番きれいだった日。そして最後の日です。ごく平凡な幸せから転落していった日でもあります。

私と元夫はいわゆる遠距離お見合いでした。岡山で働いていた行き遅れの私と、千葉の工業地帯で働く元夫は何の接点もありませんでした。あとで聞いた話では、30年前でありながら、30代40代の独身男性がうじゃうじゃといる地域だったそうです。私は私で当時売れ残り。あとがありません。妥協の産物としか言えない結婚でした。

こんなんでいいのか?結婚って?

お盆にお見合いしました。一見素朴そうな普通の男性のように見えました。このお見合いの日と、私が東京へ会いに行った日、そして帰ってきてから会った日、この3回会っただけで結婚が決まりました。
この間電話などは全くなし、です。
翌日仲人さんにお礼を言い、早速連れていかれたのは、何と結婚指輪の売り場です。仲人さんは職業仲人で
指輪や衣装、結婚式場などと提携して散々それを勧めてくるのです。断っても構わないらしいので、基本好きにやらせてもらいましたが。元夫は仕事のためとんぼ返り。なんと結納にも帰ってきませんでした
私の家で、仲人、先方の両親、こちらの両親、そして私。結納の品を床の間にいろいろ飾ったはいいが、肝心の花婿候補がいません。全員着物です。私も振袖です。こんな結納ってあるのかしらと不思議に感じていました。

まあ、変なことはいろいろあったけど、こんなもんかと思って結婚式まで来てしましました。
私自身より周囲の人間が喜び、幸せなことなんだな、と思っていました。

新婚旅行はオーストラリアに行きました。彼は奮発してくれたと思います。

シドニーのオペラハウス、行ってきました。コアラも抱っこしてきました。ここまでは、多少「ん?」となることのあったけどまあ順調だったのですが…今回はここまでにしておきます。

投稿者

bootan

双極性障害を患って30年になります。他、メンタルの不調に悩まされ今日まで生きてきました。60代前半、岡山市在住です。過食嘔吐を繰り返したため、糖尿病も長く患っています。

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